永遠の冬


いつもと変わらなかった、学校に行って、授業を受けて、そして帰る。
そこまではまったくいつもと変わらなかった。
学校から帰ってくると、母が神妙な表情で待っていた。
そして一言、気を抜けばすぐに倒れてしまいそうな顔で言った。

「栞が・・死んだわ」

母は今にも泣きだしそうだった、いや、もうすでに目がはれている、
ずっと泣いていたんだろう。

「・・・そう」

それだけ言って自分の部屋の中にはいり、とびらを閉める。
一人になりたかった。


何もせずに時間が過ぎていった。
なにも、考えることさえもせずに。


どれくらい経ったのだろう、部屋の戸をたたく音がした。

「ごはんよ」

母の、枯れた声だった。


食事中、誰もしゃべらなかった。
何かを話そうとすれば張り詰めた空気が収束する。
それを耐えるように、静かな食卓だった。


「ごちそうさま」

半分も食べずに席を立つ、いつもならなにか話しかけてくるのに
今日はやはり無言だった。


そのあとも何もする気にならなかった。
そしていつのまにか、次の日になっていた。

 


「おはよう、香里」

「うん・・」

いつものように遅刻ぎりぎりで名雪と相沢君が教室に入ってくる。
普段ならそれに対しなにか冷やかすところだが、今日はそんな気にならない。

「どうしたの?香里、元気ないよ。」

「うん、ちょっとね・・・」

ふと相沢君のほうを見ると、驚いたような表情でこちらを見ていた。
私の様子から何があったか気づいたのだろう。

先生が教室に入ってきて話はそこで途切れた。

 


「やっぱり・・、そうなのか?」

昼休み、私は中庭に来ていた。
まだ冬の終わりも遠く、雪が積もっている。
この時期、この時間帯にここを訪れる人は今はもう私と彼くらいだろう。

「そうよ」

うしろからかけられた声に、振り向かずに答える。
振り向かなくても彼の表情はわかる。

「もう・・・、ここに来ることもなくなるだろうな。」

私ではないだろう、おそらくは自分にかけた言葉だろう。


少しの間沈黙があった。
また彼が口を開く

「俺はもう、教室に帰るけど、香里はどうする?」

「・・・、

私は・・もう少しここにいる。」

「そうか・・・、風邪には気をつけろよ・・。」

言葉がゆれていた、泣いていたのかもしれない。


空を見上げた。
青い空が広がり、そこにいくつか白い雲が散らばっている。
今の自分の気持ちを再認識してしまうような、すがすがしい天気だった。

 


「あ、香里、どこ行ってたの?」

「うん、ちょっとね」

「ねえ、香里、祐一どこに行ったか知らない?」

「相沢君?さあ・・・」

私が教室に戻ってくると、名雪がもう戻ってきていた。
そして相沢君の姿は確かにない。

「まあ、授業までには帰ってくるでしょ。」

そう言うと私は机の上に突っ伏した。

 


「香里、放課後だよ。」

「ん・・?」

気がつくと目の前に名雪がいる、どうやら眠っていたようだ。

「めずらしいね、香里が授業中に眠るなんて。」

少し伸びをしてから教室を見渡す。
どうやら本当に放課後らしく、教室にはもう半分ほどしか残っていなかった。

「あれ、相沢君は?」

いつもなら名雪と一緒に教室を出るはずの相沢君の姿がない。
名雪の顔から笑顔が消える

「それがね、午後の授業にも来なかったの。」

「はあ?」

隣を見ると北川君が「まじ」と言った。

「・・・、何やってんのよ、あいつは・・。」

「それでね、一緒に祐一を探してくれない?」

「わかったわ。

ただし、私が見つけた場合肉体の無事は保証できないけど、いい?」

 


はたしてどこにいるのか、間違いなく栞に関係した場所だろう、
しかし考えてみればあの二人がどこで会っていたかなんてほとんど知らない。
まず中庭を見てみたがいなかった、いちおう屋上も見てみる、しかしやはりいない。
たぶんもう学校の外にいるのだろう、そう考え、学校から出た。


しばらくして栞が時々行っていた公園のことを思い出す。
あそこにいる可能性は低くはなさそうだ。


公園についた頃はもうだいぶ暗くなっていた。
この明るさで探しては、いたとしてもはたして見つけられるのだろうか。


とりあえず噴水のそばに来た、するとベンチに座っている人影があった。

「相沢君?」

「・・・香里か・・」

「いったい何やってるのよ!」

相沢君はこちらを向くと、一度深呼吸をしてからしゃべり始めた。

「ここ・・・、栞とよく来たんだ、

まあ、よくって言っても結局二週間くらいだけどな。」

声が大きく震えていた

「あの日・・栞の誕生日の前の日も、一緒にここに来たんだ。

病気が治ったら、そのときまた会おうって・・・

約束したんだ・・」

「・・・」

何も言えない、声を出そうとしたら、感情が爆発しそうだった。

「でも、

やっぱり奇跡なんて起こらないんだな。

結局・・」

言葉に詰まる、暗い夜、雪の降るその下で、
言葉さえも失って・・・

長い沈黙だった。

 

ふと、足音が近づいて来るのが聞こえた。

「香里・・、あ、祐一・・・。」

名雪だった

「どうしたの?二人ともこんなところで・・・

かぜひくよ。」

まだ、感情の奔流は収まっていなかった、声を出すのが怖かった。

「名雪こそ・・大丈夫か?」

相沢君が返事をした、そのまま歩いて名雪に近づく。

「私は、大丈夫だよ・・・。」

「いや、どう見ても大丈夫じゃなさそうだぞ。」

なんで相沢君は名雪に普通に接することができるの・・
私は黙っていなくちゃ何をするか自分でもわからないのに。

心が揺さぶられた、どうして?

どうして・・・

「どうして相沢君は受け入れられるの!?

私は・・、栞が死んだなんて考えたくなかった。

家でも何は考えないようにしてた、学校で忙しければ少しの間は忘れていられた。

思い出しそうになったら・・・、心を押し殺した・・・。

そうでもしなくちゃ心が壊れそうだった。

なのに・・・・、なんで相沢君は受け入れられるの、

栞のこと・・、大したことじゃなかったの!?」

止まらなかった、悲しみも、怒りも、涙も・・、

今までおし止めていたものが一気にあふれ出したようだった。

「香里・・・」

名雪の声が聞こえる、

あなたはいいよね、本当に大切な人を失ったことなんてないんでしょうから。
私のこのキモチ、どうせわからないんでしょう・・・

「悲しいときは泣いた方がいいんだよ。

それからみんなに支えてもらって、そうして立ち直ればいいんだよ。」

「・・・そんな都合良くいくわけないじゃない!

だって・・、栞は私にとって・・・」

私にとって・・本当に大切なもの?
じゃあ私はなんでいままで栞につらく当たってきたの?
私にとって栞は・・・・

「俺だって・・、栞がいなくなって、心にぽっかり穴があいたようで、

だけど、栞が戻ってきたとき笑って迎えられるようにがんばってたんだ。

今日、本当は俺も死のうかと思ったんだ。」

『!?』

「でも、そうしたら栞との思い出まで消してしまうって、

それだけは絶対に守らなくちゃいけないと思って、

気づいたら授業をサボってここに来ていた。」

驚いた、そして自分が恥ずかしくなった。
相沢君はそこまで悩んでいたのに、自分はただ否定して、
ただ逃げていただけではないか。
悲しみは消えない、だけど怒りは消えた。

「私・・・、家に帰るわ、栞に・・もう遅いかもしれないけど栞に謝らないといけないから。」

「ああ、栞も喜ぶさ。

・・

おい、名雪!大丈夫か?」

見ると名雪は地面にしゃがみこんでいた。

「うーん・・・、体がだるいよ・・。」

「しょうがないなあ、香里、それじゃあ俺たちも帰るよ。」

「ええ、名雪、相沢君のこと放課後中ずっと探していたのよ。きっと。」

「そうか・・・」

名雪は目を閉じていた。

「それじゃあまた明日ね。」

「おう。」

うしろで名雪を必死で歩かせようとしている相沢君の声が聞こえる。
結局おぶっていくことになったようだ。

栞は死んだ、だけど・・だからこそ私たちはがんばって生きて行かなければならない。
悲しいからといって逃げてはだめだ、少なくとも栞はそれを望んでなんかいない。
相沢君はそれを教えてくれた。

 

「栞、ごめんね」


End


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