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「白き雪の里」



 肌を流れてゆく風の感触、また目覚めてしまったのか・・・

 目を開ける、そこにあるのは白く染め上げられた空。決して止む事の無い雪が私の上に降り注ぎ、そして私に触れるごとに透明な結晶へと変化してゆく。だが、結晶は私に反発するように私の上から離れてゆく。
 「あら、起きた?」
 横手から声が聞こえた。私がその声に反応を示さないと、その声の主はまた話しかけてきた。
 「おーい、エス〜まだ生きてるー?」
 生きている・・・そう、私はまだ生きている。
 「生きてるなら少しは返事しなさいよー。お姉さん寂しいよー。ウルウル(涙)」
 鬱陶しい・・・
 「エスちゃんに構ってもらえなかったらお姉さんほんとーに泣いちゃうよ。」
 ハァ・・、心の中でため息をつく。
 「どこかに行ってしまえ、私は貴女の声など聞きたくは無い!」
 私の心を表すかのように吹雪が強まる、普通の人間であれば数時間も生きられない程に。
 「も〜エスちゃんったら〜、怒らない怒らない。またお姉さんといっしょにお話し〜ましょ?」
 場の、私の雰囲気などわからぬような能天気な話し方。いつの間にか張っていた私の精神も解きほぐされていた
 「(ハァ・)わかったよイルリム、では何を話せば良い?私の持つ知識も無限ではないぞ。」
 「キャアー、そうこなくっちゃ。それじゃあねえ・・・」



 隠れ里フリス

 何のために作られたのかはわからない、ただ一つわかることは「氷の一族」がそこに閉じ込められているということ。
 彼女達は何のために作られたのか、その答えを知るものはここにはいない。ただ、無尽蔵に引き出される魔法の力は使い方によっては世界を破滅させることも十分可能だろう。
 大気に含まれる力を魔力に変換、吸収する「氷の一族」特有の力はそれほど恐ろしいものだ。そこから推測できるのは他国への威圧のために何者かが「氷の一族」を飼っているのではないかということ。外に通じる唯一の道を守り続ける“監視者”の存在もこの可能性を裏付けるように見える。
 だがそれも否定される、そのような目的ならば、数百年もここに誰も訪れないことはありえないからだ。フリスはなぜ在るのか、「氷の一族」はなぜここにいるのか、監視者はその答えを知っているのだろうか・・・



 監視者・・か。私達の使う冷化の術を妨げるフィールドを使うラーカの門番・・・
 いくら私が特殊だとは言え冷化の術がなければ他に大した力を持つ訳ではない。どれほど望んでも奴と戦うことは不可能・・・。
 「スゥー・・スゥー・・・」
 隣を見ればいつからか眠るイルリムの顔がある。
 もうどれ程の時が流れたのだろうか、彼女が結晶に包まれ始めてから。

 「氷の一族」は基本的に魔力を持っていない。そのかわり冷化の術によって周囲の大気に含まれる力を魔力に変換し、吸収することが出来る。その魔力を元に魔法を使うことも可能だが、それ以外に自分が活動するためのエネルギーとして使うことも出来る。
 よって「氷の一族」は食料を摂ることの出来ないこの白い地でも生きてゆくことが出来た。しかし、それが落とし穴だった。
 魔法を使うときは意識を凝らし、必要な量の魔力を取り出して魔法を使う。だが生きるためのエネルギーを得ることはほとんど無意識のうちにすることだ。無意識のうちに周囲を冷やし、体の周りに無数の結晶が作られる。これはただの氷の結晶ではない、少なくともこの地ではこの結晶を溶かすことは不可能だった。
 身体の表面にその結晶が現れたときから悲劇は始まる。細かく身体に繋がったそれは、徐々に大きさを増してゆき、それから2年ほどで身体を包み込む巨大な結晶となる。
 昔は定期的に体を温めることで防ぐことが出来たらしい、だが今は個人差こそあれ誰もが逃れることの出来ないものになっていた。私を除いて。

 動ける者はもう私とイルリムだけだった。父も、母も、もう動ける者は他に誰もいなかった。
 そして、イルリムにも結晶が現れ始めた。
 「どうしてっ!なんであんただけ・・・!!」
 いつ来るかわからない恐怖の訪れ。友達のように、姉のように、母のように慕っていた彼女は日に日に狂っていった。
 「なんであんただけが無事なのよ!ねえ、エス、助けてよ・・・」
 たった数日、それだけの間に私達の関係は原型を失ってしまった。
 「ねえ・・動けないの。足が動かないのよ。たすけてよ・・。エス、どこにも行かないでっ!一人にしないで!」
 限界だった。イルリムがついにその場から動くことも出来なくなったとき、私は逃げ出した。里を出ようとして、そして監視者に会った。



 初めに目に付いたのは赤い甲冑、数メートル前も見えない吹雪の中で、それだけがはっきりと見えていた。
 「ニゲルコトハユルサヌ、ワレアルジノメイニテココハトオサヌ」
 辛うじて、言葉を聞き取れた。とても聞き取りにくい低い掠れた声だった。
 今まで感じたことも無い威圧感、死を待つ今までにも勝る本能的な恐怖。
 私は考える間も無く「冷化の術」を解き放っていた。最大出力で相手の周りから全ての熱を取り去るはずだった。
 「オロカナ」
 見えるのは甲冑のみで顔は見えない、だが奴が笑ったのがはっきりとわかった。
 そして、術は発動しなかった。あるいは緩やかに発動していたのかもしれない、しかしその成果を手にする前に、奴は私の目の前にいた。
 移動する間などあったのかどうかもわからない、気付けば奴の輪郭がわかる位置まで奴は近づいていた。
 漆黒の兜、それに連なるマスク。奴の象徴ともいえる赤い甲冑からはやたらにほそい手足が黒くついている。雪の奥に手足があるのか、手足の奥に雪があるのか、奴の手足は甲冑とは逆に存在感がなく、透けているようにすら見える。
 「アルジガクルマデシロキサトニテイキツヅケルガイイ」
 言葉とともに、監視者は姿を消した。私はそれからしばらくして里へ向かって歩き出した、その後ここを出ようと思うことは無かった。



 「あっエス!どこに行ってたのよ。」
 里の中ですることなど無い、生きているのは私と彼女だけなのだから。
 私が戻ってきたことに彼女は嬉しそうだった、それを見た私は・・複雑だった。
 「ねえ、良い事を思いついたの。」
 ふと、イルリムはそう話を切り出した。
 「エスだけ動けるのってなんだか不公平だよね。これからはずっと一緒にいましょ。」
 イルリムはまだ動く手を私のほうに向けると、術を解き放つ。抵抗する間も無く私は白い光に包まれ・・私の周囲に透明な結晶が散らばった。
 「・・・どうして・・?どうしてあたしだけこんな目に合うの?うぅ・・グスッ・・・」
 もう、イルリムには昔の面影は全く残っていなかった。
 優しくて、時には愚痴も言うけれどいつも自信満々で、年の差以上に大きな存在に見えていたイルリムという女性は、もうそこにはいなかった。

 それから私は里の中央にある書庫を調べ、空間移動の魔法を彼女に教えた。せめて、身体を自由に動かすことは出来なくても、最後の時まで自由に移動できるように。
 私はその後も結晶に包まれることは無かった。特異な体質なのだろうか?いつまで経っても彼女のようになれないことに、安心すると同時に少し寂しかった。
 それから一年以上の時が流れ、もうイルリムは顔以外のほとんどの部分が氷に閉ざされてしまった。そしてまた私にお話をねだって来る。
 少なくとも彼女がいる限り私も死のうとは思わないだろう、だが彼女が完全に結晶に閉じ込められたとき、私の心も厚い氷に閉ざされるのかもしれない。そしてそれは遠い未来ではないのだ。

 「ふぁ〜あ、おはようエスちゃん」
 この声が聞けなくなるのは・・・


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